我輩は犬である。タイトルはまだ無い。

犬について書いた記事は無かったと思います

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不確かな大衆と呼ばれるモノに組み込まれた押井節

新聞の天気欄を見てたら
関東地区は朝の前橋以外
全部雨だった
空気読めよ前橋
どうもエコ犬です

前回の話に関連する話なんだけど
アニメの表現において
長々と小難しくて回りくどい会話
は評価しちゃいかんと思うんだよね
所謂、押井節ってやつ

押井節がどんな感じかわからない人は
「長々と小難しくて回りくどい会話」ってセリフを
「ある事象について抽象的、かつ前衛的な言語表現を繰り返し
 その事象の本質を追求した会話」
って言うようなものだと思ってください

もちろん、押井の持ち味ってのは
それだけでは無くて
難解な設定を万人向けに演出する力ってのもある
実際、ヲタク的深読みをしなくても楽しめる作品も多い

でも、小難しい表現はダメ!ゼッタイ

 そもそも、押井節はニッチなものであり、いわゆるヲタクと呼ばれる志向の限られた認識空間にしか存在意義を成さなかった。当然、ヲタクと呼ばれる層以外。すなわち大衆。に迎合する事は困難なはずだった。当然、押井自身もその事実を認識してはいたが、半ば確信犯的に押井節を、己の信念の下に愚直なまでに表現していった。それはヲタクと呼ばれる志向を持つ個に対して絶対的な求心力を持ってはいたが、大衆と呼ばれる絶対的優位。つまり、全にとって多少の揺れはあるものの、さほどの影響は与えなかった。だが、いつしかヲタクと呼ばれる志向は、時代という名の流れと好奇な目線によって、見せ掛け上とはいえ一般化し、大衆。全と呼ばれるモノと同一視できるほどになった。それによりニッチだったモノが主流と同じように振る舞い。そして、それが初めから存在したかのように報道されるようになった。その事実を、個が与えた揺れが全の内面に影響を与えていたと捉える事もできるが、それは欺瞞であり、情報や紙幣、感情、ありとあらゆるものが電子化し不可視化した事による、一種のプロパガンダに近いものだと考えられる。

僕には押井節は無理だってわかったよ

とにかく、上の長文を読み飛ばした人には
押井節がダメだって意味がわかると思う

ダメって言ってもニッチであればOKで
あたかも皆に人気があるように振舞っても意味無いよって事
読み飛ばさなかった人には意味がわかると・・・わかる?

とにかく、認めれすぎると
京田みたく、無理やり難解なセリフを組み込もうとする輩が増えるからさ
劇場版ラーゼフォンとか、エウレカセブンの後半とかウンザリだよ
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テーマ:アニメ - ジャンル:アニメ・コミック

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